見逃した君たちへ「サラリーマンNEO劇場版」  ブルーレイ&DVD発売!

映画「サラリーマンNEO劇場版」のブルーレイ&DVD版が発売中です。
特典映像には、未公開シーン、出演者のインタビュー、NG集、そして「サラリーマン川柳」を題材にした新作撮り下ろしコントと、付録感満載になっています!
映画公開時と同様に、発売されたこともこれといって派手な宣伝は全くない状態です。
公開時に見逃した方、もう一度見てみようという方、ぜひ買って下さい。
絶対に損はありません。よろしくお願いします!



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2012年5月13日

感謝しかない

母の日ということでもないが、先日目にしたオリンピックPR用のこんな動画があった。

それが当たり前だとついつい思ってしまうことがある。
お腹が空くとごはんが出てきて、
洗濯物を出すと綺麗に洗われていつの間にかクローゼットに並んでる。
「人生は1度きり」と同じくらい忘れがちなことである。
今日の献立を考えること、明日のお弁当を作ること。
世の中にこんなめんどくさい事はない。
自分も親になるまでは、そんな苦労なんかこれっぽっちもわからなかった。
かといって今、自分がやっているかというとそういうわけでもない。
今でも気がつくと準備してある、ということがほとんどだ。
その日々の当たり前さには、心からの感謝しかない。
うまくは伝えられないけど。

数日前、千秋ちゃん(失礼)に、Twitter上で取り上げてもらった、たまたま書いたマジメな記事のおかげで、アクセス数が激増した。
だからというわけではないが、いや、完全にいいことを書かなきゃと充分意識してまた書いてしまった。
これからは、できるだけ下らないことを書こうと思う。

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2012年5月 3日

勝手にCMを作ってみた

我が故郷の名産品の一つ「球磨焼酎」には、28の蔵元があります。
ツィンテルという若手芸人の面白いネタがあって、
それをヒントに、焼酎の紹介CMを作ってみたら面白いかも!
と、思いついたので、どこから頼まれたわけでもないが、作ってみた。


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2012年4月30日

人生とやらを考えるようになる

生活環境が変わる4月だからだろう。ここ最近進路に悩む若者からの相談が相次いだ。
どれも放送作家になりたい夢をあきらめきれず上京しようと思っているという20代の若者からだ。
1人は、この春から就職も決まっていたのに、結局それを断って上京を決断したらしい。
こういう相談をされると、どう答えていいかいつも本当に悩む。
自分の場合は、放送作家という職業があるとも知らず、何も考えずにただ面白そうだからと気づいたらなっていた。なりたいと思ってようやくなったわけでもなく、26才まで将来を具体的に考えてもいなかったし、今も奇跡が続いていると思っていて、参考にならなくて本当に申し訳なく思う。
しかし、その人にとっては一生を左右する問題。自分にも少なからずその年齢特有の目の前に霧がかかったような気持ちはわかる。
相談を受けるといつも、進めることもやめときなさいということも言わない。
放送作家の仕事のメリットとデメリットを経験上正直に言うことにしている。
当然だが、最後は自分で決めるしかない。
結局、相談して来た若者たちは皆、夢に向かって進むと決断したようだ。
成功する保証などどこにもないが、それはそれで正しい判断だったと思う。
あとは、夢が見事に叶う事を願うばかりである。
自分に出来る事があれば出来る範囲の事で力になれたらと思う。

当たり前だが人生は1度しかない。
でも、普段それを忘れそうになる事も多い。明日でいいやと先延ばしにしてることが山ほどある。
きっと後になって、もっとあの時充実した毎日を送っていればと後悔するのだろうが、人間はそうは簡単には出来ていない。(特に自分の場合だが)
時々人生をおおらかに過ごしている人のニュースを聞く。
いい年なのにバイクにまたがり世界中を旅してる人がいる。
40代で、離婚を機に自分の人生の全てをオークションで売り払った人が、そのお金で小さな島を買い、旅の途中で女性に出会い、今はその島に2人で住む家を建てる計画中だという。
そういう人は、紛れもなく人生は1度だと誰よりも強く思っているのだろう。
そんなニュースを聞くたび、たしかに心がざわめく。
かといって、今の生活を投げ捨てて飛び込む勇気は毛頭ない。
日本人のおおよそは大学を出て就職して、定年まで働いて。その後の余生でようやく趣味や旅行を始める。
どちらが幸せな人生かは誰にもわからない。

50を目前にすると、こういうことをイヤでも考えるようになる。
1年前、子供の頃から親しかったいとこが亡くなった。
その事も、より考えるようになった一因だ。
幼少の頃からよく遊び、何よりも今の自分の仕事を応援してくれていた。
自分よりも年下で、ショックはかなり大きかった。
数年前から病気と闘っていた事は聞いていた。
それでも、自分が手がけた「エルダーソルジャーズ」という舞台を見に来てくれた時は、見た目も元気そうで、もう大丈夫なんだと思っていた。
亡くなる2週間前、親戚全員で集まったのが最期になったが、みんなと一緒に逢えて本当によかった。
2人の子供の成長を見届けられなかったのは、どんなにか悔しかっただろう。
あれからちょうど一年、あろうことか、今度は彼女の母親、つまり自分からすれば叔母に当たる人が亡くなったという知らせが届いた。
昨年夏の内村光良の1人芝居「東京オリンピック生まれの男」で、1番心に響いたのは、「何も悪い事をしてない人が病気や事故や災害で亡くなり、悪い奴がのさばっていたりする」という何でもないセリフだった。
この世は時に理不尽な事だらけだ。
そんな事が続くと、どうしてもまた考えてしまう。
残された人生、幸運にも生かされてる者として充実した毎日を送らなければと。
しかし、人間とはほとほと愚かなもの、日が経てばその思いも薄らいでいく。
これからも、その都度自分と葛藤しながら、前に進んでい行くしかないのだろう。

あ、今日兄貴の誕生日だ。滅多に言わないが、おめでとう。

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2012年4月21日

メルマガ最新号配信!「お笑いスター誕生!決勝当日のハプニング」

内村宏幸メールマガジン「スマートマッチョライフ」最新号配信しました!

■決勝当日にナンチャンを襲ったハプニング
「初出場にもかかわらず、順調に勝ち上がっていき決勝に進出。誰よりも自分たちが1番驚いていた。
 そして、決勝戦当日、さすがに二人もボンヤリした気分はなくなり緊張感が漂っていたが、この当日の朝、事件が起きた。会場に現れたナンチャンの元気がない。……」

詳しくはこちらで→http://theory.ne.jp/h-uchimura

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2012年4月 8日

乃木坂46

AKB48の公式ライバルである乃木坂46。
そのメンバーひとりひとりの個人PVを33人のクリエイターが作るという企画にさんかさせてもらった。
担当したのは、選抜メンバーの「七福神」にも選ばれた桜井玲香さんのPV。
しかも、今回は〝監督〟として!
友達の結婚式用ビデオなどはあそびでやったことはあるが、仕事としての監督は初めてである。
しかし、旧知のプロデューサーのおかげで、忙しい中、賛同者に集まってもらった。
カメラは、めちゃイケや内村プロデュース、アメトーク他、数々のバラエティを手がける辻カメラマン。
辻さんは、ウンナンの番組でも昔からやってもらっている方で、芸人から直接指名が来る日本バラエティ界では最高峰と言っていいカメラマンだ。時々番組中に芸人からいじられて登場する事もあるので、ご存知の方もいるかもしれない。
他にも音声、カメラアシスタント、照明、編集、音効さんなどいずれも優秀なスタッフさんがほぼ無償で参加してくれた。本当にありがたい。
撮影は、一眼レフの動画で撮ったのだが、噂には聞いてたがこの性能はまさに驚愕。
肉眼よりはるかに明るく完成度の高い映像が撮れるのだ。
しかもこのカメラ、レンズはさすがに高いが、本体は頑張れば手の届く値段。
たぶん、これで映画を撮る人が多くなってくるのだろう。
ロケは、おもに東京タワーの周辺。
撮影時間は、桜井さん本人が学校の終業式を終えてすぐにかけつけて、その後の仕事までの数時間のあいだ。
初めての監督というのに時間がなく、あたふたしているうちに終わってしまった。
しかし、この仕事。まれにみるスピードで進んで行った。
最初に依頼の電話があり、数日後に初めて詳しい内容の打ち合わせをしたかと思えば、流れでそのまま本人に会うことになり、打ち合わせが終わった頃にはほぼ内容が固まっていた。
その4日後には台本を仕上げロケの具体的な打ち合わせ、そして翌週に撮影を行い、その3日後に早くも完成。依頼から完成まで2週間とちょっと。こんな仕事は初めてだったが、やれば出来るもんだとも思った。まあ、それもテレビ界屈指の手練のスタッフたちのおかげだ。
何より、桜井玲香さんは、こちらの無茶な要望にも的確な芝居で応えてくれた。とても勘のいい人だ。近いうち確実にブレイクする人だと思う。

このPVは、乃木坂46の次のシングルの特典映像として入るらしい。
今回の企画は乃木坂のメンバーとのデートがテーマだったので、かなりベタな作品にしてみた。
公式ホームページでダイジェスト版が公開されてます。よかったら。
   ↓
乃木坂46 桜井玲香×内村宏幸「学校帰りのさぼりデート」


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2012年4月 6日

入学式 桜が満開

Img_1522 娘の入学式に行って来た。
幼稚園から高校までが広大な同じ敷地にあるので、東京都内にしてはすごく環境のいいところ。
キリスト教の学校なので入学式は構内のチャペルで行われた。
開始まで講堂で待っていたが、歴史が古くすでにそこからかなりの雰囲気を味わう。
時間になりチャペルへ移動。入り口へと続く手前の廊下から急に雰囲気が変わり、照明が薄暗くなっていて自然と厳かな気持ちになって来る。
広いチャペルの2階に設けられた保護者席から式を見守る。
式次第が一つ終わるごとに賛美歌を歌い、聖歌隊の合唱、ハンドベルの心地よい音色。時折ひざまづく生徒たち。日常からはかけ離れたとても厳粛な気持ちになる。
いい学校に入ったと改めて思った。毎朝この空気に触れれば、そうそう悪い事もしないだろう。
これからこの学舎で、充実した時を過ごして欲しい。
我が家から見える桜も、ようやく満開!


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2012年3月28日

6回目の春

娘が小学校を卒業した。
6年前の春、ちょうど桜が満開の中、入学式に向かった。
教室に入って自分の席に着き名前を呼ばれて返事をする。タダそれだけの事に胸が熱くなった。
小学校までは自宅から直線で300メートほど、目をつむっても行ける距離だったが、最初の頃は心配で仕方なかった。
3年生までは学童保育にお世話になった。
ここでかなり集団生活というものを学んだと思う。
そして、4年生からは習っていたピアノもバレエもすっぱりと辞め、塾に通い始め中学受験に挑んだ。
あっという間の6年間。
入学式の頃の写真を見るとまだ歯が生えそろってない、身長も自分のヘソくらいまでしかなかったのが、今では肩の位置まで伸びてきた。時々後ろ姿を母親と間違うようになってきた。
体より大きかったランドセルも、6年生になると窮屈そうに見えた。
いつの間にか大きくなったのものだと思っていたが、
卒業式の数日前にわかったことがある。
ランドセルの背負う部分のベルトを6年間一切調節してなかった。
どうりで窮屈そうに見えたわけだ。
娘の性格をよく表してる出来事だ。
そして、これからまだまだ大きくなっていく。


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2012年3月20日

メルマガ最新号配信!「すべての始まりだった同居生活」

内村宏幸メールマガジン「スマートマッチョライフ」最新号配信しました!

■すべての始まりだった同居生活
「ある夏の暑い日の事だった。ドアを叩く音がするので出てみると、全身白のスーツにパナマ帽をかぶった小さな男が立っていた。「ウッチャンいますか?」
出川哲朗と名乗るその男は、裸に白のジャケットを羽織っただけだった……」

詳しくはこちらで→http://theory.ne.jp/h-uchimura


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2012年3月11日

あの日から

思えばあの日から、〝情報〟というものについて考えさせられている。
SNSの発達によって、随分と助けられた事もあった。
携帯が通じず、家族の無事がわかったのはTwitterのフォロワーのおかげだった。
新しい発信手段によって救われた場面も多かっただろう、だが、あの混乱の中で、正直、情報に惑わされたことも多かった。
いわゆるデマに釣られて、そのまま拡散してしまったことも何度もあった。
そのたびに落胆するのだが、原因は情報元を確かめもせず拡散した自分が悪いのだ。
そんな事が幾度か続いてると、回ってくる情報に関して、正誤に関わらずまず疑いの念を持つようになってしまった。
極端な言い方だが、公式なデマというのも耳にするようになった。
「○○は安全」という権威ある人の発言が飛び交う。
それを聞いて安心していたのに、しかし、それが全くのデマだという。
日本で最高峰に位置する専門機関で長年研究している人たちの発言も聞いた。
すると今度は、それさえも正しくないという発言も耳に入ってくる。
さらに、政府が公式に発表したことでさえ真実ではなかったとわかる。
すべて本当の事を言っているとは思っていなかったが、まさか、こんな事態の時に、国や政府の発表が間違っているとは想像だにしなかった。
国のトップの言うことを、疑たっりはしない。まずは信用してきた。
怒りを感じるが、だがそれも、これまでほぼ100%近く信用してきた自分たちが悪いということになるのだろう。

その頃から、もう何が正しくて正しくないのか自分でわからなくなってきた。
有益な情報だと言われてもどこか疑ってかかるようになっていた。
すると今度は、情報が正しいかどうかは自分で判断するようにしよう、と言われ始めた。
たしかに、それしか方法はない。
しかし、どうやってそれが正しいかのどうかを知ればいいんだ、とずっと思っていた。
自分が信用している人が言ってる事なら、正しいと思っていいのか。
でも、もしかしたら、その人が言ってることも決して正しいとは言えないかもしれない。国のトップでさえ間違った事を言っているのだから。
一体、何を基準に判断すればいいのか。
専門的な知識をとことん勉強して判断すればいいのか。誰もそんな時間はないはず。
映画や芝居が面白いかどうかは、自分で見て判断出来るが、専門的な知識のないものに対して、何を持ってどう判断すればいいのか。
それさえもわからなくなってきた。
あれから、正しさについてよく考えるようになった気がする。


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